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東京地方裁判所 平成7年(ワ)14664号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告株式会社下野新聞社(以下、「被告下野新聞社」という。)の発行する新聞に掲載された記事によって、名誉を棄損されたとして、被告下野新聞社と、右記事を配信した被告社団法人共同通信社(以下、「被告共同通信社」という。)に対して、それぞれ、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  被告下野新聞社は、その発行する日刊新聞「下野新聞」紙の昭和六〇年九月一三日付け紙面上に、「Bさん殴打事件 A、口封じに圧力」、「Cの身辺に出没」等の見出しを付した別紙一の記事(以下、「本件記事」という。)を掲載した。

2  本件記事は、被告共同通信社が、昭和六〇年九月一二日、被告下野新聞社に対し、配信した別紙二の記事(以下、「本件配信記事」という。)が基礎になっているものである。

二  争点

消滅時効の成否

本訴が提起されたのは、本件記事が掲載された日の約一〇年後の平成七年七月二五日であるが、原告は、平成六年七月中旬ころ、本件記事を知人から送付されて、その存在を初めて知ったと主張するのに対して、被告らは、原告は、遅くとも、平成四年七月九日までには、被告共同通信社が、本件配信記事を被告下野新聞社に配信したことを知ったのであるから、支援者らを通じて、直ちに、本件記事の存在及び内容を確認し、被告らに対して、損害賠償請求をすることが可能な状況にあったのであり、かつ、かかる権利行使が可能な程度の事実を認識していたものというべきであると主張して、原告主張の損害賠償請求権の消滅時効を援用している。

なお、被告らは、本件記事の内容について、それが真実であることの立証はしない。

第三  争点に対する判断

一  当事者間に争いのない事実と証拠(甲二、三、乙一、二、三の1ないし30、六、八ないし一〇、一二、一四、一九、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告共同通信社は、全国にある多数の加盟社に記事を配信している通信社で、地元以外の取材網をほとんど有していない地方新聞社の取材を肩代わりして、全国的内容のニュース・サービスの提供を行うために設立された社団法人であるが、地方新聞社を含む加盟社は、社員たる地位に基づき、被告共同通信社から記事の配信を受け、配信された記事を掲載するか否か、どのような見出しを付けるかなどについては、各加盟社の判断によって決定されるものの、掲載するものとされた以上、特に、裏付け取材をすることなく、配信記事の内容に何ら実質的な変更を加えることもなく、配信された日またはその翌日の自社の発行する新聞紙面上に、その配信記事を掲載することを常としている。

2  被告下野新聞社は、被告共同通信社の加盟社の一つであるが、原告は、平成三年ころ、本件配信記事とは別の被告共同通信社の配信記事に係わる損害賠償請求訴訟の過程において、被告共同通信社の右のような配信システムを知るに至り、被告共同通信社の加盟社が発行している日本全国の地方新聞に同じ内容の記事が多数掲載されているのではないかと考え、調査会社を使って、その旨を確認した結果、平成四年初めころまでには、被告下野新聞社が被告共同通信社の加盟社であり、被告下野新聞社を含む三〇社以上の加盟社が配信を受け、その発行する地方新聞の同日付け紙面に右配信記事と同内容の記事が掲載されていることを知った。

3  原告は、平成三年一二月一六日、株式会社東京タイムズ社の発行する日刊新聞「東京タイムズ」紙の昭和六〇年九月一三日付け紙面に、「A Cに陰湿な〝脅迫〟」、「勤め先などに出没」、「口封じ狙い無言の圧力」等の見出しとともに掲載された本件記事と全く同内容の記事について、名誉棄損に基づく損害賠償請求訴訟を提起したが、東京タイムズ社は、右記事が、被告共同通信社の本件配信記事に基づき作成されたことを明らかにして、被告共同通信社に訴訟告知をなし、右訴訟告知書が平成四年七月九日に原告に送達されたことから、原告も、右同日には、東京タイムズの右記事が、被告共同通信社の本件配信記事に基づき作成されたものであることを知り、したがって、加盟社の一つである被告下野新聞社も、本件配信記事を受け取っており、下野新聞の昭和六〇年九月一三日付け紙面に、本件配信記事と同内容の記事すなわち、本件記事が掲載されている可能性が高いことを知った(原告は、昭和五九年一月から雑誌「週刊文春」に連載が開始された「疑惑の銃弾」と題する記事において、原告の元妻Bが昭和五六年八月一三日にロサンゼルスのホテル内で傷を負った事件(殴打事件)、Bが同年一一月一八日にロサンゼルスで何者かに銃撃され、後に死亡した事件(銃撃事件)及びDの失踪事件について、原告が深く関与しているとの疑いを抱かせる記事が掲載されて以来、いわゆる「ロス疑惑」として、週刊誌、新聞等に取り上げられ、多くの同様の報道にさらされていたところ、本件記事掲載の前々日である昭和六〇年九月一一日、殴打事件に関して、共犯者とされるCとともに、殺人未遂罪の容疑で逮捕されており、本件記事のニュース・バリューは高かったはずである。)。

4  原告は、その後、平成五年四月二六日、株式会社沖縄タイムスに対して、同年七月二六日、株式会社茨城新聞社に対して、同年一〇月四日、株式会社スポーツニッポン新聞東京本社に対して、同年一二月二〇日、福島民友新聞株式会社に対し、それぞれ、被告共同通信社の加盟社として、本件配信記事に基づき、その発行する新聞のいずれも昭和六〇年九月一三日付け紙面に掲載した本件記事と同内容の記事について、名誉棄損に基づく損害賠償請求訴訟を提起している。

二  ところで、民法七二四条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当であり、被害者に現実の認識が欠けていたとしても、その立場、知識、技能などから、損害や加害者を容易に確定し得るような場合には、その段階で、損害及び加害者を知ったものとするのが公平に適うというべきである。

右一の認定事実によれば、原告は、平成四年七月九日の時点で、本件配信記事の存在を知り、かつ、加盟社の一つである被告下野新聞も、当然、本件配信記事を受け取っており、下野新聞の昭和六〇年九月一三日付け紙面に、本件記事が掲載されている可能性が高いことを知ったのであるから、前記のとおり、昭和五九年一月から「週刊文春」に原告についての記事が掲載されて以来、いわゆる「ロス疑惑」として、週刊誌、新聞等に頻繁に取り上げられ、その報道内容が自己の犯罪容疑に係わるものであることから、当然、右新聞報道等に強い関心を持っていたと推認され、また、現在まで、新聞報道等による名誉棄損を理由として、当庁に、二〇〇件を優に上回る損害賠償等請求訴訟を提起し(当裁判所に顕著である。)、拘置所内においても、知人を通じるなどして強力な情報収集能力を発揮するだけの知識、技能を有するものと見られる原告としては、さほどの困難もなく、本件記事の存在及び内容を確知し、損害賠償請求権を行使することが可能な状況にあったというべきである(以上の認定に反する甲第四号証及び原告本人尋問の結果は、採用できない。)。

したがって、原告は、平成四年七月九日の時点において、被告らに対する損害賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度に損害及び加害者を知ったものと認めるのが相当である。

三  そうすると、本訴提起の時点では、原告主張の損害賠償請求権は、時効により、消滅していたものと認められる。

(別紙一)

1 見出し

「Bさん殴打事件、A、口封じに圧力」、「Cの身辺に出没」、「『裏切れば親兄弟殺す』」

2 掲載記事

ロス疑惑を捜査している警視庁特捜本部は十二日までに、Bさん殴打事件で殺人未遂容疑で逮捕した会社社長A(三八)が、ことし四月から七月ごろにかけて、元ポルノ女優C(二五)=同容疑で逮捕=のアパートや勤め先周辺に盛んに姿を現し、近くのマンションを物色するなどしていた事実をつかんだ。Aが実際に引っ越しを考えていたかどうか不明だが、四―七月は事件の解明、立件に向けて捜査が最終的な詰めの段階に入った時期にあたる。同本部は捜査当局の動きを敏感に感じ取ったAが、殴打事件のかぎを握るCに対し、無言の圧力をかけようとした可能性があるとみて、裏付けを急いでいる。

調べによると、四月から五月ごろにかけ、Cが勤めていた東京都渋谷区猿楽町の喫茶店「A」の前の路上をうろついているAを近くの別の喫茶店従業員が目撃し、Aの経営者に報告していた。

また、六、七月ごろ、Cのアパートのすぐ前にある新築マンションをAが訪ね、空き部屋を物色していたことも分かった。

Aはこのほかにも銃撃事件で死亡した前妻のBさん=死亡当時(二九)=が神奈川県伊勢原市の東海大付属病院に入院中(五十七年一月―十一月)、「オレを裏切れば親兄弟を殺してやる」とCを脅していた。五十九年四月ごろにも、福島県のCの実家に「兄弟は何人いるか」などと脅迫めいたナゾの電話をかけていたことも、関係者の証言から明らかになった。

また、殴打事件後、Cは何かにおびえたような態度をとることが多くなり、昨夏、警視庁に殴打事件を告白した上申書を提出した後は群馬県・谷川温泉のペンションに身を隠していた。

特捜本部は、Aのこうした一連の不可解な行動は、殴打事件の共犯者・Cの口封じを狙った陰湿な〝脅迫〟とみて、犯行後の二人の関係を中心にさらに詳しく調べている。

(編注)判決には下野新聞紙の写しが添付してあるが、編集の都合上、記事を転記して、実名の箇所は、仮名(アルファベットのゴシック体の部分)にした。

(別紙二)

1 見出し

「口封じに無言の圧力か」、「A、Cの周辺うろつく」

2 配信記事

ロス疑惑を捜査している警視庁特捜本部は十二日までに、Bさん殴打事件で殺人未遂容疑で逮捕した会社社長A(三八)が、ことし四月から七月ごろにかけて、元ポルノ女優C(二五)=同容疑で逮捕=のアパートや勤め先周辺に盛んに姿を現し、近くのマンションを物色するなどしていた事実をつかんだ。

Aが実際に引っ越しを考えていたかどうか不明だが、四―七月は事件の解明、立件に向けて捜査が最終的な詰めの段階に入った時期にあたる。同本部は捜査当局の動きを敏感に感じ取ったAが、殴打事件のかぎを握るCに対し、無言の圧力をかけようとした可能性があるとみて、裏付けを急いでいる。

調べによると、四月から五月ごろにかけ、Cが勤めていた東京都渋谷区猿楽町の喫茶店「A」の前の路上をうろついているAを近くの別の喫茶店従業員が目撃し、Aの経営者に報告していた。

また、六、七月ごろ、Cのアパートのすぐ前にある新築マンションをAが訪ね、空き部屋を物色していたことも分かった。

Aはこのほかにも銃撃事件で死亡した前妻のBさん=死亡当時(二九)=が神奈川県伊勢原市の東海大付属病院に入院中(五十七年一月―十一月)、「オレを裏切れば親兄弟を殺してやる」とCを脅していた。五十九年四月ごろにも、福島県のCの実家に「兄弟は何人いるか」などと脅迫めいたナゾの電話をかけていたことも、関係者の証言から明らかになった。

また、殴打事件後、Cは何かにおびえたような態度をとることが多くなり、昨夏、警視庁に殴打事件を告白した上申書を提出した後は群馬県・谷川温泉のペンションに身を隠していた。

特捜本部は、Aのこうした一連の不可解な行動は、殴打事件の共犯者・Cの口封じを狙った陰湿な〝脅迫〟とみて、犯行後の二人の関係を中心にさらに詳しく調べている。

(編注)判決には共同通信社の配信記事の写しが添付してあるが、編集の都合上、記事を転記して、実名の箇所は、仮名(アルファベットのゴシック体の部分)にした。

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